🌱1分de知の種 Seed.21(2025.11.03)
~考えることは、悩みであり、喜びである~

気づきの種が、思索の木となり、やがて知の森となる。
日々の中に、静かに芽吹く気づきを。

今回は、こちらのひと粒をお届けします。

「われわれ人間は宇宙の中の小さな一点にすぎないのにも拘らず、──『思想』を恵まれている者として、──逆にその宏大無辺な宇宙を自己の思想の中に包み入れることができるし、また包み入れずにはおれない。
それは『考える』能力を賦与された人間の深い悩みであると共に、また大きな喜びでもある。
この意味において、すべての人は──自覚的に生きようとする限り──一人残らず哲学者である。」

出典:淡野安太郎『哲学思想史 問題の展開を中心として』(角川ソフィア文庫, pp.15-16)

「考える」という行為には、いつも二つの側面がある。
ひとつは、悩み。
もうひとつは、喜び。

たとえば、夜眠れないほど考え込んでしまうとき。
それはつらいけれど、同時に、
「自分が本気で生きようとしている証」でもある。

何かを理解しようともがくこと。
答えが出なくても、問いを立て続けること。
それは、宇宙を自分の中に迎え入れるような行為なのかもしれない。

考えることは、苦しみをもたらす。
でも、考えることによってしか見えない光もある。

「すべての人は哲学者である」――。
そのことばに、少し救われる気がする。


🌱今日のひと粒

考えることは、悩むこと。
それでも考え続けるのは、
そこに、喜びがあるからだ。

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